大学数学

集合.14 商集合

商集合

前回の話で、同値類が集合の分割を与えるので、同値類をすべて集めた集合は集合を割ったもの、すなわち商集合になるのだという話をしました。改めて定義を書くとこのようになります。


◆定義

X を集合とし、\simX 上の同値関係とする。X\sim による商集合 X / {\sim}

X / {\sim} \overset{\mathrm{def}}{=} \{ [x] \mid x \in X \} \subset 2^{X}

で定める。


注意: X \ {\sim}X の部分集合ではなく、Xべき集合 2^{X} の部分集合です。( x同値類 [x]X の部分集合であるため)しかしながら、商集合の元はたびたび普通の集合の元のように扱われ、計算等も行われます。


◇例1

X に恒等関係 = を入れたときの商集合は、[x] = \{x \} より、

X / {=} = \{ \{ x \} \mid x \in X \}

となります。



◇例2

n を正の自然数とし、\mathbb{Z} 上の同値関係 \sim_n を次のように定めます。

\forall a,b \in \mathbb{Z} とするとき、
a \sim_n b \overset{\mathrm{def}}{\Leftrightarrow} a-bn の倍数である

このとき、商集合  \mathbb{Z} / {\sim_n}

 \mathbb{Z} / {\sim_n} = \{ [a] \mid a \in \mathbb{Z} \}

となります。より具体的にこの集合を求めてみましょう。

a,b \in \mathbb{Z} とすると、[a]=[b] となるのは、前回の定理より、a \sim_n b となるとき、またそのときに限ります。

a \sim_n b となるのは、\sim_n の定義より a-bn の倍数であるときなので、

[0], [1], [2] \dots ,[n-1] は  \mathbb{Z} / {\sim_n} の相異なる元を与えます。(互いの差が n で割り切れないため)

一方、

\dots -n \sim_n 0 \sim_n n \dots
\dots -n+1 \sim_n 1 \sim_n n+1 \dots
\cdots
\dots -1 \sim_n n-1 \sim_n 2n-1 \dots

であるため、

\dots [-n] = [0] = [n] \dots
\dots [-n+1] = [1] = [n+1] \dots
\cdots
\dots [-1] = [n-1] = [2n-1] \dots

が成り立ちます。よって、[0], [1], [2] \dots ,[n-1] が  \mathbb{Z} / {\sim_n} の相異なる元のすべてを与えるため、

 \mathbb{Z} / {\sim_n} = \{ [0], [1], [2] \dots ,[n-1] \}

となります。

※: \mathbb{Z} / {\sim_n} = \{ [1], [2], [3] \dots ,[n] \}=\{ [n], [n+1], [n+2] \dots ,[2n-1] \} でもあります。ここでは一番簡単だと思われる表記の一つとして、 \mathbb{Z} / {\sim_n} = \{ [0], [1], [2] \dots ,[n-1] \} としています。

よく見るとこれは、整数を n で割ったときの余りの集合になっています。普通、 \mathbb{Z} / {\sim_n}  \mathbb{Z} / {n \mathbb{Z}} と書きます。

また、同値類の記号を外して、あたかも普通の整数であるかのように   \mathbb{Z} / {n \mathbb{Z}} = \{ 0,1,2, \dots , n-1 \} と書いてしまうこともあります。

さて、実は   \mathbb{Z} / {n \mathbb{Z}}  に和と積を導入することができます。次のように定義します。


◆定義

[a] + [b] \overset{\mathrm{def}}{=} [a+b]
[a] [b] \overset{\mathrm{def}}{=} [ab]


このように和と積を定義した   \mathbb{Z} / {n \mathbb{Z}} のことを剰余環と言います。

注意:実は、和と積を上のように定義しますと書きましたが、これが果たして定義として成立しているかはまだ明らかではありません。なぜなら、[a],[b] という記法は a,b \in \mathbb{Z} の元の取り方に依存しているからです。([0]=[n]=[2n] であるように)
もしかしたら違う元の取り方、例えば [a],[b] の代わりに [x] = [a],[y]= [b] となるような [x],[y] を取ったときに、もとの元が同じであるにも関わらず、和や積が異なる( [x+y] \neq [a+b],[xy] \neq [ab] )ことが起こり得るかもしれません。
ですから、定義が定義として正しいものであるために、そのようなことはあり得ないと証明する必要があります。
すなわち、[x] = [a],[y]= [b] ならば [x+y] = [a+b],[xy] = [ab] であると示す必要があります。
このように、定義が定義として正しいものであることを well-defined であると言います。

では、示してみましょう。


  \mathbb{Z} / {n \mathbb{Z}} の和と積が well-defined であることの証明

[x] = [a],[y]= [b] とします。
前回の定理より、x \sim_n a,y \sim_n b となり、\sim_n の定義から、x-a,y-bn の倍数なので、

x-a= kn,y-b=ln, k,l \in \mathbb{Z}

と書けます。

[x+y] = [a+b] を示します。前回の定理より、(x+y) \sim_n (a+b) を示せばよいです。

(x+y)-(a+b)=(x-a)+(y-b)=kn+ln=(k+l)n

よって、 (x+y)-(a+b)n の倍数なので示されました。

[xy]=[ab] を示します。 xy \sim_n ab を示せばよいです。

xy-ab=xy-ya+ya-ab=y(x-a)+a(y-b)=ykn+aln=(yk+al)n

よって、xy-abn の倍数なので示されました。 □


以上から、\mathbb{Z}商集合  \mathbb{Z} / {n \mathbb{Z}} 上で和と積が定義され、演算を行うことができます。商集合の元は  \mathbb{Z} の部分集合なので、部分集合同士で和や積を考えるのはいかにも奇妙な感じがしますが、ここではあたかも普通の元(数)と同じようなものだと考えて計算しているわけです。



◇例3

実数係数多項式全体の集合 \mathbb{R}[x] に対して、次のような二項関係 \sim_{x^2+1} を入れます。

\forall f(x),g(x) \in \mathbb{R}[x] に対し、
f(x) \sim_{x^2+1} g(x) \overset{\mathrm{def}}{\Leftrightarrow} f(x)-g(x)x^2+1 で割り切れる

すると、これは同値関係となります。同値関係となることは、例2の整数の差が n の倍数である(n で割り切れる)という関係が同値関係となることとまったく同様にして証明できます。例2が同値関係となることの証明はこちらの記事を参照下さい。

この同値関係による商集合  \mathbb{R}[x] / { \sim_{x^2+1} を、普通  \mathbb{R}[x] / (x^2+1) と書きます。

\mathbb{R}[x] / (x^2+1) = \{ [f(x)] \mid f(x) \in \mathbb{R}[x] \}

です。この商集合をより具体的に求めてみましょう。

f(x)2 次以上の多項式であるとき、多項式の割り算によって、

f(x) = p(x)(x^2+1)+ax+b

と書けるため、f(x) \sim_{x^2+1} ax+b となり、したがって [f(x)]=[ax+b] となります。

逆に、a \neq c または b \neq d であるとき、(ax+b)-(cx+d)x^2+1 では割り切れないため、[ax+b] \neq [cx+d] です。

以上から、

\mathbb{R}[x] / (x^2+1) = \{ [ax+b] \mid  a,b \in \mathbb{R} \}

と書けます。

この商集合に、次のように和と積を入れます。


◆定義

[f(x)] + [g(x)] \overset{\mathrm{def}}{=} [f(x)+g(x)]
[f(x)] [g(x)] \overset{\mathrm{def}}{=} [f(x)g(x)]


この和と積は、例2での証明と同じようにして well-defined であることが示されます。この和と積を入れた  \mathbb{R}[x] / (x^2+1) をやはり剰余環と言います。

ところで、剰余環の計算規則を見ると、商集合の定義から、[f(x)][g(x)]x^2+1 で割った余りが等しいとき、[f(x)]=[g(x)] となります。

実は、これは数学コラムの記事 虚数iは本当に存在しないのか?~iを作ってみた~ において、複素数全体の集合 \mathbb{C} を構成した第3の方法そのものなのです。

あのとき設定した、「f(x)g(x)x^2+1 で割った余りが等しいとき、f(x)g(x) は等しいと考える」というルールは、商集合そして剰余環という概念によって厳密に定義され、正当化されるわけです。



◇例4

平面から原点を除いた集合 \mathbb{R}^2 \verb|\| \{ (0,0) \} 上に次の同値関係 \sim を定めます。

\forall (x_1,y_1),(x_2,y_2) \in \mathbb{R}^2 \verb|\| \{ (0,0) \}  に対して、
(x_1,y_1) \sim (x_2,y_2) \overset{\mathrm{def}}{\Leftrightarrow} \exists k \in \mathbb{R} \verb|\| \{ 0 \}, (x_1,y_1)=k(x_2,y_2)

この同値関係による商集合は、

 \mathbb{R}^2 \verb|\| \{ (0,0) \} / {\sim} = \{ [(x,y)] \mid (x,y) \in \mathbb{R}^2 \verb|\| \{ (0,0) \} \}

となります。

この商集合をより具体的に求めてみましょう。

まず、\sim の定義から、(x',y') \sim (x,y) ならば

[(x',y')]=[ (kx,ky)], k \in \mathbb{R} \verb|\| \{ 0 \}

となります。

ここで、x' \neq  0 のとき、x'y' の比 \frac{y'}{x'} を考えると、

 \frac{y'}{x'} = \frac{ky}{kx} = \frac{y}{x}

よって、x' \neq  0 かつ (x',y') \sim (x,y) ならば  \frac{y'}{x'} = \frac{y}{x} です。

ここで、便宜上 \infty という記号を導入して、

x' =  0 のとき、\frac{y'}{x'} \overset{\mathrm{def}}{=} \infty

と定義すると、 \frac{y'}{x'} = \frac{y}{x} の等式は、x' =  0 でも成立します。

逆に、 \frac{y'}{x'} = \frac{y}{x} とすると、

x' \neq  0 のとき \frac{x'}{x} = k とすれば、k \neq 0 で、
 \frac{y'}{x'} = \frac{ky}{kx} = \frac{y}{x} かつ x'=kx より y'=ky が言えて、 (x',y')=k(x,y), k \neq 0

x' =  0 のとき、(x',y') \neq (0.0) より y' \neq 0
よって、\frac{y'}{y} = k とすれば k \neq 0 で、
 \frac{y'}{x'} = \frac{ky}{kx} = \frac{y}{x} かつ y'=ky より x'=kx が言えて、 (x',y')=k(x,y), k \neq 0

以上から、

[(x',y')]=[(x,y)] \Leftrightarrow  \frac{y'}{x'} = \frac{y}{x}

したがって、 \frac{y}{x} の値によってすべての同値類は定まるから、値が \infty の場合も考えて、

 \mathbb{R}^2 \verb|\| \{ (0,0) \} / {\sim} = \{ [(x,y)] \mid \frac{y}{x} \in \mathbb{R} \cup \{ \infty \}  \}

となります。

これは、いわば実数直線に一点(無限遠点)を加えたものとなっており、射影直線と言われています。(同値関係で割ったことによって、平面から次数が1下がっています)


 

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