数学コラム

虚数iは本当に存在しないのか?~iを作ってみた~

虚数 i を作ってみよう


Def.1.

i^2=-1を満たす数 i虚数単位と言う。


この一文とともに、高校で大した説明もなしに唐突に出て来る虚数

2乗してマイナスになる数なんて存在しないとこれまで言われていたのに、一体どういうことだ!? これは存在しない数ではないのか!? と混乱した方も多いのではないでしょうか。

一般に、x+yix,y は実数)で表される数のことを複素数と言います。

ガウスの複素数平面は素晴らしい道具で、 x 軸に加えて i 軸を描いて視覚的に捉えることで「なるほど」と納得できる方も多いでしょう。

ですが、やっぱり「2乗してマイナスになるなんておかしい!」と納得できず、「本当は存在しないけど利便のために考え出した数」だと無理やり自分を納得させている方もいるかと思います。

でも、本当に「本当はそんな数ないけど便利だからこういうの考えました」で済ませてしまって良いのでしょうか? 厳密性を重んじる数学なのに。下手すると学校の先生でさえ虚数は存在しない想像上の数だと思っている人がいるかもしれません。

もちろん大学以上の数学では、この辺りをいい加減にはしていません。

虚数 i は、あります。

ないなら作ればいいじゃないという発想です。別のものから複素数を作ってみましょう。

新しい数学的対象を既知のものを使って構成するというやり方は、大学以上の数学では頻繁に出てきます。そのテクニックの一端をここで見ていきましょう。

作り方1 実数のペアから構成する

実数のペア (x,y)\in\mathbb{R}^2 (いわゆる xy 平面の元(要素))から複素数を構成します。

どうするかというと、特別な演算を入れることによって、実数のペアを複素数と実質同じものにしてしまうのです。

実際、大学における最もポピュラーな複素数の定義はこのやり方に則っています。

余談ですが、 \mathbb{R} は実数全体の集合、\mathbb{R}^2 で実数のペア全体の集合(いわゆる xy 平面)を表します。一般的な記法ですが、わからなければおまじないのようなものだと思っておいて下されば結構です。


Def.2.

\mathbb{R}^2 に次の和と積を導入する。
任意の (x_1,y_1),(x_2,y_2) \in \mathbb{R}^2 に対し、
和を (x_1,y_1) + (x_2,y_2) \stackrel{\mathrm{def}}{=} (x_1 + x_2,y_1 + y_2)
積を (x_1,y_1) \cdot (x_2,y_2) \stackrel{\mathrm{def}}{=} (x_1x_2-y_1y_2,x_1y_2+x_2y_1)
で定義する。
このように和と積を定義したとき、\mathbb{R}^2 の元を複素数と言い、複素数全体の集合を \mathbb{C} で表す。
このとき、(1,0)1(0,1)i で表記することとする。
すると、
(x,y) = (x,0) + (0,y) = x + yi
と表される。


上のように定義してやることで、実数のペアを複素数と見なすことができます。

和はともかくとして、積の定義が妙に複雑に見えますが、実際、x+yi の表記で上の定義を見直してやると、普通の複素数の計算で i^2=-1 を使って、

(x_1+y_1i)+(x_2+y_2i) = (x_1+x_2)+(y_1+y_2)i
(x_1+y_1i) \cdot (x_2+y_2i) = (x_1x_2-y_1y_2)+(x_1y_2+x_2y_1)i

になると言っているだけのことです。(手を動かして確かめてみて下さい)

普通の複素数の計算規則とまったく同じなので、もちろん除法もできます。

つまり、複素数の計算が先にあって、複素数で計算した場合の結果と同じになるように実数のペアでも和と積を定義してやったというわけです。

ちょっとずるい定義という感じもしますが、ともかく、この定義によれば、虚数単位 i というのは単に (0,1) の別表記に過ぎないわけですから、ちゃんと実在する数というわけですね。(実数も想像上のものだろと言われると、反論しようがないですが……)

作り方2 行列から構成する

次の作り方は、特別な形の2×2実行列をそのまま複素数だとみなしてしまおうというものです。

和と積は通常の行列における和と積とまったく同じなので、作り方1のように特殊な演算を入れる必要はありません。

定義は次のようになります。


Def.3.

複素数全体の集合 \mathbb{C}
\mathbb{C}\stackrel{\mathrm{def}}{=} \bigl\{ \begin{pmatrix} x & -y \\ y & x \end{pmatrix} \bigl| x,y \in \mathbb{R} \bigr\} と定義する。
このとき、E を単位行列 \begin{pmatrix} 1 & 0 \\ 0 & 1 \end{pmatrix} とし、I
I\stackrel{\mathrm{def}}{=}\begin{pmatrix} 0 & -1 \\ 1 & 0 \end{pmatrix}
と定義すると、
\begin{pmatrix} x & -y \\ y & x \end{pmatrix} = \begin{pmatrix} x & 0 \\ 0 & x \end{pmatrix} +  \begin{pmatrix} 0 & -y \\ y & 0 \end{pmatrix} = xE + yI
となる。
 xE+yIx+yi と表記することとする。


はい。実はこれで複素数の定義になってしまうのです。

実際に和と積を計算してみましょう。これが普通の複素数とまったく同じであれば、計算規則がまったく同じということなので除法もできます。

 \begin{pmatrix} x_1 & -y_1 \\ y_1 & x_1 \end{pmatrix}, \begin{pmatrix} x_2 & -y_2 \\ y_2 & x_2 \end{pmatrix} に対して、

    \begin{align*} \begin{pmatrix} x_1 & -y_1 \\ y_1 & x_1 \end{pmatrix}+ \begin{pmatrix} x_2 & -y_2 \\ y_2 & x_2 \end{pmatrix}&= \begin{pmatrix} x_1+x_2 & -(y_1+y_2) \\ y_1+y_2 & x_1+x_2 \end{pmatrix} \\ &= (x_1+x_2)+(y_1+y_2)i \end{align*}

    \begin{align*} \begin{pmatrix} x_1 & -y_1 \\ y_1 & x_1 \end{pmatrix}\begin{pmatrix} x_2 & -y_2 \\ y_2 & x_2 \end{pmatrix}&= \begin{pmatrix} x_1x_2-y_1y_2 & -(x_1y_2+x_2y_1) \\ x_1y_2+x_2y_1 & x_1x_2-y_1y_2 \end{pmatrix} \\ &= (x_1x_2-y_1y_2)+(x_1y_2+x_2y_1)i \end{align*}

となり、通常の複素数の計算規則と一致しました。

作り方3 多項式を t^2+1 で割った余りとして構成する

最後は知らない人にはカオスな作り方をして終わろうと思います。

大学数学の体論(field theory)を知っていると普通の代数的構成なのですが、まあこんな作り方もできるよということで。

\mathbb{R}[t]実数係数の多項式全体の集合を表します。t+3,t^3+2t^2-t+1,5 などは \mathbb{R}[t] の元(要素)です。

\mathbb{R}[t] / (t^2+1)実数係数多項式を t^2+1 で割った余りの集合(厳密には色々あるのですが、詳しくは剰余環という概念を学ぶと理解できます)を表します。

この \mathbb{R}[t] / (t^2+1) には、次のような特殊な計算規則が入っています。

まず、\mathbb{R}[t] / (t^2+1) は実数係数の多項式を t^2+1 で割った余りの集合なので、その元(要素)は yt+xx,y は実数)のように書けることを注意しておきます。(2次式で割った余りは1次以下の式になるため)

\mathbb{R}[t] / (t^2+1) における和と積は、通常の多項式の和と積と同じように定義します。

すなわち、y_1t+x_1,y_2t+x_2 \in \mathbb{R}[t] / (t^2+1) に対して、

(y_1t+x_1)+(y_2t+x_2)\stackrel{\mathrm{def}}{=}(y_1+y_2)t+(x_1+x_2)
(y_1t+x_1)(y_2t+x_2)\stackrel{\mathrm{def}}{=}(y_1y_2)t^2+(x_1y_2+x_2y_1)t+x_1x_2

です。

ん? おかしいな?

 

と感じた方がいれば、それは正解です。

和の定義はまったく問題ありません。しかし、積の結果は(当然ですが)、一般には2次式になってしまいます。

\mathbb{R}[t] / (t^2+1) は実数係数の多項式を t^2+1 で割った余りの集合(1次以下の式)であると言っているにも関わらず。

このままでは定義は不完全ですね。

そこで、\mathbb{R}[t] / (t^2+1) の元(要素)に関するルールとして、次を採用します。


rule.4.

2つの多項式を t^2+1 で割った余りが等しいとき、その2つの多項式は等しいと考える。


あくまで \mathbb{R}[t] / (t^2+1)  という世界での話であることに注意して下さい。合同式をもし知っている方であれば、mod(t^2+1) の世界で考えると言えば伝わりやすいでしょうか。

例を挙げて説明しましょう。


Ex.5.

\mathbb{R}[t] / (t^2+1)  では、2t^2+3 は等しいです。

なぜなら、t^2+3=(t^2+1) +2 と書けて、t^2+3 を t^2+1 で割った余りは 2 に等しいからです。

t^3+t0 に等しいです。t^3+t=t(t^2+1) となり、 t^2+1 で割り切れるからですね。

2t^2+3t+44t^2+3t+6 に等しいです。(4t^2+3t+6=2(t^2+1)+(2t^2+3t+4) となり、2つの式を t^2+1 で割った余りは等しくなります)

t+1 と t^2+t+3 は等しくありません。(t^2+t+3= (t^2+1)+t+2 だから)


このくらいでイメージは掴めたでしょうか。

この「余りが等しければ等しい」ルールでもって、積の定義を見直します。

    \begin{align*}  (y_1t+x_1)(y_2t+x_2)&=(y_1y_2)t^2+(x_1y_2+x_2y_1)t+x_1x_2 \\ &=(y_1y_2)(t^2+1)+(x_1y_2+x_2y_1)t+(x_1x_2-y_1y_2) \\ &= (x_1y_2+x_2y_1)t+(x_1x_2-y_1y_2) \end{align*}

となりました。

どこか上の方で見たことあるような形ですね。

この「余りが等しければ等しい」ルールで和と積を定義した \mathbb{R}[t] / (t^2+1) を用いて、複素数全体の集合 \mathbb{C} を次のように定義します。


Def.6.

\mathbb{C}\stackrel{\mathrm{def}}{=}\( \mathbb{R}[t] / (t^2+1)


ここで、t という文字は別にt である必要はなくて、T でも X でも z でも何でも文字の名前が違うだけで実質的な意味は同じです。

なので、ti に書き換えてしまいましょう。すると、


Def.7.

\mathbb{C}\stackrel{\mathrm{def}}{=}\( \mathbb{R}[i] / (i^2+1)


となり、\mathbb{R}[i] / (i^2+1) の元(要素)は1次以下の多項式として x+yi と表すことができます。

和と積の式についても、上で計算した結果の ti に置きかえてやることで、

(y_1i+x_1)+(y_2i+x_2)=(y_1+y_2)i+(x_1+x_2)
(y_1i+x_1)(y_2i+x_2)=(x_1y_2+x_2y_1)i+(x_1x_2-y_1y_2)

が成り立ちます。

これはよく見れば複素数の計算規則そのものです。

さらに、i^2i^2+1 で割った余りは -1 であることから、「余りが等しければ等しい」rule.4.により、

i^2 =-1

が成立します。

なんと、多項式から複素数が作れてしまいました。

このように、同じ対象でも色々な構成方法があります。少しは i が存在するような気分になれたでしょうか?

コメント

  1. この記事へのコメントはありません。

  1. この記事へのトラックバックはありません。

アーカイブ

  1. 大学数学

    数の構成.2 自然数.2 自然数の加法.1 和の定義と数学的帰納法
  2. 大学数学

    大学数学概説.1 大学数学科の一般的なカリキュラム
  3. 大学数学

    論理記号.3 すべての、~が存在する
  4. 大学数学

    集合.9 積集合(一般の場合)
  5. 大学数学

    写像.12 商集合の普遍性
PAGE TOP
error: Content is protected !!